“のーびす”はまだ自分が何者か知らされていない。だからこの文章はフライング気味の内容を含まれている。
さて、“のーびす”は最初の就職に失敗した。それが尾を引いて人生を棒に振ることとなった。その事を考えると今でも腹が立つ。腹が立つが人を呪えば穴二つというではないか。それより今の自分が幸せに過ごしていくことを考えている。なのでその事にあまり触れたくは無い。
ただ、釈明しなくちゃいけないことが世の中にはある。なのであえて言わしてもらう。
私は仕事をする際に不平を言ったことはない。上司にも人事にも一切不平を言っていない。不平不満はわがままだ。そんなことをいうのは体制に反旗を示すことになる。そのような意識は一切無い。それは今でもない。意見はある。でもそれが取り上げられなくてもそれは当然だ。お上の言葉は絶対だ。そう思っていたから黙ってありとあらゆる仕打ちに耐えてきた。ただし、そうやって黙って耐えている自分の事を考えるとあまりにかわいそうになってきた。自分の望むことはunixのワークステーションに触れる事だった。それだけがかなえられればいい、そう思って転職を決意した。
仕事は相変わらずきつかった。その上最初の企業で体を壊していた。無理をして働き続けたため倒れてしまった。勝手にリタイアしてしまった事に対して転職先には非常にすまない思い出一杯である。その償いをしたいと今でも思っている。出来るかどうかは相手次第だが。とにかく転職先では望んでいる事をかなえてもらって感謝しているし、働く場を与えていただいたことも感謝している。仕事はunixから離れていく事になった。Windowsというわけではない。全く関係ないものになって行った。が、不平不満は言ってられない。働く場を与えていただけるだけで感謝の気持ちは変わらなかった。本当である。
“のーびす”は神にたてつく事をやってきたわけではない。むしろ神に従った。従った挙句がこの有様だから神を呪っているのである。
そういう“のーびす”という人間をこの場になってもわかってもらえないことがただ悲しい。
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