2007年10月31日水曜日

神、この得体の知れない存在

人間自分の力ではどうにもならない事がある。本人しちゃいけないと思っている事をやってしまったりする。まあ、ドラマでは罪をでっち上げるなんてのがあるけれど、そんなのじゃなく、罪を犯さざるを得ない状況に追い込まれる事がある。

どうしても怒りが止まらないとか、どうしても暴力を振るいたくなるとか、上げるときりがないが、いろいろある。

“のーびす”こういったものの存在を信じていなかったが、35歳の頃にそれまであったいろいろな事から「どうもおかしい」と思うようになった。

それ以来こういった人知の及ばぬ事を神と呼んで恐れ敬っている、なんて書いてるとバチが当たるだろうな、当然うそで「次は俺に何をさせようというのかな?」なんて気分でいる。バチが当たってしかるべきだろう。

ただ、これが神の怒りだとするならば“のーびす”神を怒らせた事になる。“のーびす”何をしたのだろう?怒っているぐらいだから神に対して何か悪い事をしたはずなのだ。

“のーびす”は神ならぬ人間の身だから悪い事をしていないとはいえない。いえないが、こんな人生を送らなければならないような悪い事をした記憶が無い。まるで無い。

神が“のーびす”に人として生きるための試練を与えているのかとも思うが、それにしては納得できない。“のーびす”は理によって流れる水のように生きていたはずなのに、それを「悪い」といわれたのなら「理」が悪いと言わざるをえないのではないか?

“のーびす”、自分がこんな目にあうほど悪い事をしたとは断じて思わない。悪い事をしないように社会の隅っこで細々と生きていた。そんな人間を悪事の真っ只中に引きずり出した。これを悪事と言わずして何を悪事というのだ?“のーびす”は問う、引きずり出したのは誰だ?それが神ならば私は神を恨む。そのような状況に立たないようにしていた人間を引きずり出された結果悪事を起こしてしまったのなら、どちらが悪い?

初めに書いた。人間自分ではどうにもならない事がある。それを「恋」と思わないで「錯覚」と思った“のーびす”の経験不足を責めるのか?では、そういった経験しかつませなかったのは誰なのか?それもまた神ではないのか?神は自ら罪人を作り出し、罪を犯させ、罰するというのだ。そんなことが許されるというのだろうか?

神ならば何をしてもいいというのか?

言いたい放題書いたらちょっぴり怖くなった。つくづく小市民だと思う。自分の意見を言うことがこれだけ怖くなるように神は私を作った。その事実が改めて私の怒りを呼ぶ。

残すものには申し訳ないが、私は引き下がるわけには行かない。私はどうなってもいい。神に天罰を!!

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